第5回:アルゴリズム的思考(1):分解せよ
授業目標
- 複雑な問題を、AIが実行可能な粒度のタスク群へと構造的に分解する「分解思考」を習得する。
- アルゴリズムの基本構造である「順次処理」の重要性を、AIマネジメントの観点から理解する。
- ビジネスプロセスや社会課題を、アルゴリズム設計の対象として捉え直す抽象化能力を養う。
講義内容
1. アルゴリズムの定義と概要
「アルゴリズム」とは、一言で言えば「問題を解決するための、明確に定義された手順の集合」である。語源は9世紀のペルシャの数学者「アル=フワーリズミー」の名に由来すると言われている。
難しく考える必要はない。これは、君たちが日常で目にしている「料理のレシピ」と本質的に同じだ。
- 必要な材料(入力)が書かれている。
- 調理の手順(処理)が順番に書かれている。
- 「弱火で5分」のように、各手順は具体的で誰がやっても同じ結果になる(明確性)。
- 必ず「完成」という終わりがある(有限性・停止性)。
- 完成した料理(出力)が存在する。
コンピュータは、このレシピに書かれた手順を、驚異的な速さと正確さで実行することしかできない。彼らは自ら「新しいレシピ」を考え出すことはない。AIに賢く動いてもらうためには、我々人間が、いかにして優れたレシピ=アルゴリズムを設計し、与えるかがすべてなのだ。
2. アルゴリズムが持つべき性質
- 停止性 (Finiteness): アルゴリズムは、有限の時間内に必ず終了しなければならない。無限に処理を続ける手順は、アルゴリズムとは呼ばれない。これは最も重要な性質の一つだ。
- 正当性 (Correctness): アルゴリズムは、あらゆる正当な入力に対して、必ず正しい結果を出力しなければならない。
- 明確性 (Definiteness): 各ステップの手順は、曖昧さがなく、誰が実行しても同じ動作になるように、明確に定義されていなければならない。
- 実効性 (Effectiveness): 各ステップは、人間が紙と鉛筆で行える程度に、十分に基本的で実行可能でなければならない。
3. アルゴリズムの表現方法
| 表現方法 | 概要 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|
| 自然言語 | 日常的に使う言葉で手順を記述する方法。 | 人間にとって最も直感的。 | 曖昧さが生じやすく、誤解を招く可能性あり。 |
| 擬似コード | 特定の言語に依存しない構造化された形式で記述する方法。 | 論理構造を明確に示せる。 | 標準化された書式がなく、実行はできない。 |
| フローチャート | JISなどで標準化された図記号を用いて処理の流れを視覚的に表現する方法。 | 処理の流れや分岐が直感的に理解できる。 | 複雑になると図が巨大になり可読性が低下する。 |
| プログラム言語 | Python, Javaなど、コンピュータが直接解釈・実行できる形式で記述する方法。 | 曖昧さがなく、実際に動作させることができる。 | 特定の言語の文法知識が必要。 |
4. 代表的なアルゴリズムの分類と紹介
- 探索アルゴリズム (Searching Algorithms): 線形探索、二分探索など。
- 整列アルゴリズム (Sorting Algorithms): バブルソート、マージソートなど。
- グラフアルゴリズム (Graph Algorithms): ダイクストラ法(最短経路探索)など。
5. アルゴリズム思考とは:レシピを考え出すための「思考法」
複雑で曖昧な問題を、コンピュータが解決できる形の手順に落とし込むための思考プロセスであり、以下の要素で構成される。
- 分解 (Decomposition): 大きな問題を、管理可能な小さな問題に分割する。
- パターン認識 (Pattern Recognition): 小さな問題の中に共通するパターンや法則を見つけ出す。
- 抽象化 (Abstraction): 重要な情報だけに焦点を当て、不要な詳細を捨てる。
- アルゴリズム設計 (Algorithm Design): 上記のステップを経て、問題を解決するための一連のルールや手順を構築する。
6. 分解思考:巨大な壁をレンガのサイズに
AIに「売上を向上させるマーケティング戦略を立案せよ」という巨大な命令を与えても、出てくるのは抽象的で実行不可能なアイデアの羅列だ。アルゴリズム設計の第一歩は、この巨大な課題を、AIが一つずつ確実に積み上げられるタスクのサイズまで分解することにある。
事例研究:ECサイトの売上向上AIアシスタント
巨大な課題: 「AIを使って、来月のTシャツの売上を20%向上させよ」
分解されたアルゴリズム(順次処理):
- [入力] 過去1年間のTシャツの販売データを読み込む。
- [処理] 購入者属性とデザインの相関関係を分析し、人気のある組み合わせトップ3を特定する。
- [処理] トップ3の組み合わせに基づき、新たなキャッチコピーを生成する。
- [処理] キャッチコピーに合わせ、商品画像の構図案を提案する。
- [処理] 上記の結果を統合し、「ターゲット層別・新作Tシャツ販促キャンペーン企画書」として出力する。
- [出力] 企画書をドキュメントファイルとして保存する。
グループ演習
テーマ: 「新入生が、4年間で履修すべき授業計画の最適モデルを提示するAIアシスタント」の基本アルゴリズムを設計せよ。
このAIアシスタントが、ヒアリングから最終的なリストを出力するまでの一連のプロセスを、最低でも7ステップ以上の**順次処理**として、自然言語で詳細に記述しなさい。
第6回:アルゴリズム的思考(2):場合分けと繰り返し
授業目標
- アルゴリズムの必須要素である「分岐(条件分岐)」と「反復(繰り返し)」の論理構造を理解する。
- フローチャートを用いて、アルゴリズムの思考プロセスを他者にも理解可能な形で視覚化するスキルを習得する。
- 複数の論理構造を組み合わせ、より複雑で実用的なアルゴリズムを設計する能力を養う。
講義内容
1. 実装による分類
- 逐次的アルゴリズム: 命令を一つずつ順番に実行していく、最も基本的な実装。
- 再帰的アルゴリズム: 自分自身を呼び出す(再帰呼び出し)ことで処理を行う。
- 決定的/非決定的アルゴリズム: 次の動作が常に一意に定まるか、複数の選択肢がありうるか。
- 並列/分散アルゴリズム: 複数のプロセッサが協調して一つの問題を同時に処理する。
2. 設計思想による分類
- 分割統治法: 問題を複数の部分問題に分割し、それぞれを再帰的に解き、結果を統合する。
- 動的計画法: 部分問題の解を記録(メモ化)しながら、より大きな問題の解を効率的に見つけ出す。
- 貪欲法: その場その場で、局所的に最善と思われる選択を繰り返すことで、全体の最適解を得ようとする。
3. 分岐:AIに「判断」の基準を与える
特定の条件に応じて処理の流れを変えるのが**分岐 (Conditional Branching)** であり、プログラミングにおける `if-then-else` 構文に相当する。
事例研究:履修計画AIにおける分岐
`もし` 新入生の興味分野が「データサイエンス」 `かつ` 希望職種が「AIエンジニア」 `ならば` → 専門科目をリストに追加。
`さもなくば、もし` 興味分野が「Web開発」 `ならば` → 別の専門科目をリストに追加。
`それ以外の場合` → 基礎科目を推奨し、再度ヒアリングを促す。
4. 反復:AIに「網羅的」な処理を行わせる
同じ、あるいは類似した処理を、特定の条件が満たされるまで、あるいは指定した回数だけ実行するのが**反復 (Looping)** である。
事例研究:履修計画AIにおける反復
取得した「推奨科目リスト」の**全ての科目に対して、以下の処理を繰り返す:**
- その科目の前提条件となる科目をDBから取得する。
- `もし` 前提条件科目が未履修 `ならば` → 前提条件科目を、元の科目より前の学期に配置する。
5. フローチャート:思考の地図を描く
複雑な論理の流れを視覚化するツールが**フローチャート**である。
- 端子(開始/終了): 丸みを帯びた四角形
- 処理: 長方形
- 判断(分岐): ひし形
- 入力/出力: 平行四辺形
- 流れ線: 矢印
グループ演習
テーマ: 「学生の課題管理を支援するAIアシスタント」のアルゴリズムを設計せよ。
毎朝起動し、「提出期限が72時間以内」かつ「ステータスが“未着手”」の課題があれば、警告メッセージをユーザーに通知するAIの処理を、**フローチャート**を用いて表現しなさい。
【コラム】最適解への二つの道:ヒューリスティックとアルゴリズム
この授業では、問題解決のための明確な手順書である「アルゴリズム」の設計に焦点を当てている。しかし、現実の世界、特に複雑な問題を扱うAIの領域では、もう一つの重要なアプローチが存在する。それが「ヒューリスティック」だ。
アルゴリズム:保証された正解への道
「アルゴリズム」とは、特定の問題を解決するための、明確に定義された手順の集合である。この手順に従えば、誰が実行しても、有限の時間内に必ず**唯一の正しい答え(最適解)**にたどり着くことが保証されている。
- 特徴: 網羅的、厳密、再現性がある。
- 例え: 迷路を解く際に、「常に右側の壁に手を触れながら進む」というルール。時間はかかるかもしれないが、このアルゴリズムに従えば必ず出口にたどり着ける。
- 利点: 信頼性が極めて高い。
- 欠点: 組み合わせが爆発的に増える複雑な問題(例:巡回セールスマン問題)では、最適解を計算するのに非現実的な時間(数百年、数万年)がかかることがある。
ヒューリスティック:経験則による近道
「ヒューリスティック」とは、必ずしも最適解を保証するわけではないが、ある程度のレベルで正解に近い答えを、現実的な時間やコストで見つけ出すための発見的な手法や経験則である。
- 特徴: 発見的、近似的、効率的。
- 例え: 迷路を解く際に、「とにかく出口がありそうな方向にまっすぐ進んでみる」という戦略。最短でゴールできる可能性もあれば、すぐに行き止まりに突き当たる可能性もある。
- 利点: 計算コストが低く、高速に「そこそこ良い解」を導き出せる。
- 欠点: 最適解である保証はなく、時には大きく間違った答えを出すこともある。
生成AIと二つの道
では、ChatGPTのような大規模言語モデルは、どちらのアプローチに近いだろうか?
答えは、高度に洗練されたヒューリスティックの集合体である、と言える。
彼らは、インターネット上の膨大なテキストデータから「単語と単語の繋がりやすさ(確率)」という無数のパターン(経験則)を学習している。我々が質問を投げかけると、AIはその質問に続く単語として、最も確率的に「それらしい」単語を予測し、連結していく。これは、厳密な論理計算というよりは、膨大な知識に基づく直感的な応答生成に近い。
だからこそ、AIは時として事実と異なる情報(ハルシネーション)を生成してしまう。それは、ヒューリスティックが持つ本質的な不確実性の現れなのだ。
我々がこの授業で学ぶ「アルゴリズム的思考」は、この強力だが不確実なヒューリスティックを持つAIを、いかにして信頼できるビジネスの道具としてマネジメントするか、という問いに対する答えそのものである。我々が設計する明確なアルゴリズム(プロンプトの分解や条件分岐)は、AIのヒューリスティックな思考を、我々が望む「最適解」へと導くための、いわば思考のガードレールなのだ。
アルゴリズムという確実な道と、ヒューリスティックという高速な近道。この二つの特性を理解し、使い分けることこそ、未来のAIマネージャーに求められる資質である。